作家が語る「私が最初の本を出した頃」

たくさんの作品を世に送り出している作家の皆さんにも、もちろん最初の1冊があります。
処女作を出版された経緯を中心に、出版にまつわるお話を伺いました。

vol.2

本を出すたびに学びが生まれる

今 一生さん(行動する作家)

親を愛せない気持ち」をみんなで書こう

——そもそも今さんは、なぜ本を出そうと思われたのですか?

今:広告代理店のコピーライターを経て、雑誌のライターになったのが25歳の時でした。はじめは「食うため」と割り切って、雑誌から求められるままの内容を書いていたんですね。そのうち僕の中で、「親子関係にまつわる話」を書くべきだという思いが湧いてきたんです。
 その当時、僕自身が親子関係でぎくしゃくしていたんですよ。20代の10年間は親とほとんど話さなかったぐらいで。その辺の事情は『プライドワーク』(春秋社)という本を読んでください。まぁ、それで、「こういうことは自分だけの問題なのか、それとも他の人も共感するものなのか、実際に確かめてみたい」と思って、親を愛せないでいる人たちから「親への手紙」を公募しようと思ったんですね。
 すると、世の中には、子どもの頃に虐待されたなど、僕のケースよりひどい仕打ちを親から受けてきた人たちが大勢いることがわかったんです。だから、素直に親を愛せないという気持ちがあることも一般の人に理解してほしいと思ったし、世間でいわれるような「大人になったら親を理解しましょう」なんていう理屈では困ってしまう人生もあることを本で伝えたかったんです。
 「僕の抱える親子間の問題は実はみんなの問題だった」ということを、ちゃんと世の中に伝えていきたいと思った。だから、全部僕一人が書く本よりも、「公募手紙集」のスタイルが良かったわけです。
 で、「親を素直に愛せない気持ちをみんなで書こう」ということで公募してみたら、なんと2ヵ月弱の間に300通も集まってきたんですね。下は9歳から上は81歳までの方たちから「自分の親を愛せない」っていう思いがいっぱい綴られていて、そのこと自体、「親からひどい仕打ちを受けることは社会的問題なのだ」ということがはっきり証明された事件でした。

——それが『日本一醜い親への手紙』(メディアワークス、1997年刊)ですね。本の売り上げもさることながら、感想文も多く寄せられてかなりの反響があったと伺っています。企画として成功したわけですね。

今:そうなりますね。これが10万部のヒットとなり、第2弾、第3弾とつながっていきました。
 この『日本一醜い親への手紙』のヒットによって、子ども虐待のすさまじさが浮き彫りになったことで、親から愛されなかった人たちに対する理解が広まったり、「親を愛せないことは決して自分のせいではない」という免責ができて楽になれたり、「自分だけが親を愛せない不幸な人」という少数派としての孤独からも解放されたわけです。
 しかし、それだけでは、まさに今、この時に起こっている子ども虐待や、親子関係のしんどさは解決できないのではないか。今度はそんな疑問が出てきたんですね。「どんな親でも愛そう」「自分を虐待した親でも許そう」と思い込もうとしても、体の奥底から拒否感が湧いてきてしまう人だって、現実にいるわけです。実際、介護疲れから老いた親を殺してしまうという事件が後を絶たないわけですから。
 そんな悲劇が繰り返されないためには、どうしたらいいのか? それにはなるべく早いうちに親から自立する(離れる)のがいいのではないか。そして親子関係の中でも一番の緊急案件はなんだろうって考えてみると、それとは知らずに虐待を受けている幼い子たちにこそ、もっと注視しなければならないってことに気づいたんです。
 それで子どもたちが文字を読めて、言葉の意味がわかるようになってくる小学校高学年の頃から読めるような本が必要だなって、思ったわけですよ。
 たとえば自分が大人になるにつれて、自分と親との関係が他の家庭と違うのでは? とか、これは虐待だと、まず気がつけるかどうかなんです。で、その先はどうやって自立すればいいのか。考えてみれば、そんなふたつの問いに応えているような本が、それまではなかったんですね。

——うーん、たしかにありませんでしたね。

 

虐待されていることに気づき、自立できる本を作ろう
 

今:だから、「無いなら自分が作ろう」と。
 刊行準備をするにあたって、家出に必要なものを調べてみたり、実際の家出経験者にアンケートをとったりしました。するとおもしろい発見があったんですね。
 たとえば、経験者に「家出した直後に何が一番苦しいですか?」と聞くと、「何をしていいかわからないことが苦しい」と言うのです。
 知らない街へきて、どこに何があるかもわからない。
 そうやって迷っている間は思考停止になっている。だから、ふだんの自分ならまずやらないようなバカなことをしてしまう。
 たとえば、万引きとか。「自分が自分でいられなくなってしまう、このヒマな時間が一番危ないんだ」と言っていた家出経験者がいました。
 そのように、実際に経験者に聞かないとわからないことがいっぱいあったんです。
 聞き取りをしながら作っていくうちに、よくわかってきたことがありました。
 家出や、もしかするとニートやひきこもりの経験にも言えるかもしれないけど、傍から見るとマイナスだと思われる経験は、「同じ問題に悩み苦しむ人に解決策を与えられる重要な情報」になりうるのです。
 虐待されている子どもが実際にどうやって家出し、暴力のある家から自立できたのか。その具体的な対策や方法は、実際に経験しないとわかりませんよね。
 風俗や違法な店で働かなくても年齢不問で雇ってくれる職種があるとか、雇われなくても自営業者になれば飯が食えるとか、恋愛したらいつのまにか引きこもりをやめていたとか、空手をやったら体力がついて親の仕送りから離脱する精神力も身についた……なんていう経験談こそが実践的な解決事例であり、問題のある家庭から抜け出したいと思っている人が知りたい知恵なんですよね。
 だから、そうした知恵を本に書けば、お金になるでしょう。どんな経験も資産形成なのです。実際に家出経験者に本を書かせたこともあります。
 そのように、「その人固有の経験」は本来、その人にとって資産に変えられるだけの商品価値を持っているわけですが、そういうことに気が付いたのは後になってから。1999年当時は「とりあえず本を作っちゃおう!」と思ったわけです。

——そうやって作られたのが『完全家出マニュアル』(メディアワークス、1999年刊)ですか?

今:そうです。「このまま家にいたらお父さんやお母さんに心も体も殺されちゃうかも……」という恐れを抱いた子どもに向けて書いたのですが、「殴られ妻」に有益な内容も加味して書きました。
 親から虐待を受けている子どものいる家庭では、母親も子どもと同じように夫から殴られているケースが多かったので、母と子が一緒に暴力から避難できるノウハウも紹介しておきたかったのです。
 「こんな具体的かつ実践的な自立の方法がありますよ」ということをちゃんと1冊にまとめて、彼らに「はい」って渡せるようなものがあったらいいなと。
 DV(ドメスティック・バイオレンス。家庭内での親やパートナーからの肉体的、精神的虐待)関連の本のリストアップや「シェルター」(DV被害者のための一時避難所)の電話番号や連絡先などの情報も載せました。だからこの本を読めば、家出し、自立することが実際にできます。

——『日本一醜い親への手紙』は今さん自身の親御さんとの関係がベースになっているとのことですが、『完全家出マニュアル』に関しては個人的な思い入れは?

今:僕もガキのころに家出したかったときがあったわけです。
 でも、方法がわからなかった。
 大人になってみるといろんな知恵とか経験が身についてくるから、「こんなふうに困った時には、この知恵を使えばいいな」とわかってくる。
 だから14歳のときの僕に渡すつもりで書きました。
 14歳の僕だったら、これを持ったらすぐに家出するだろうな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「死にたい人」から強烈な生きたいパワーを感じた

 

今:僕にとって、本ができるたびに1冊ずつ学びが生まれます。
 『完全家出マニュアル』を書いた後で気づいたのは、これを読んで「これで家出できる、自立できる」と思う人と「私にはできない」と思う人がいるだろうということ。
 「家出したら自分の飯のために金も稼がなきゃいけない。その面倒をかぶりたくない、つらい、怖い……」という感じだと、結局、家の中にずっといることになります。
 そのままでいたら精神科に通うようになってたとか、友達もいなくなっちゃったとか。
 そうやって社会性が欠如していってしまう。実際にそうなってしまい、「つらいな……」という人が、家出して自立できる人のもう一方にいるのです。
 その問題をどうにかしたいと思って、彼らの反応を見るためホームページにBBS(掲示板)を作りました。するとBBSにどんどん読者が書き込んできたんですね。で、「オフ会やろう!」ってことでひんぱんに場を設けたんです。
 オフ会を実際に開いてみると、親子関係がつらくて精神科に行ってる人や、手首切ってる子など当事者たちが、いっぱいいたわけですよ。
 僕は彼らを特別扱いしたり、「かわいそう」と思いたいのではなくて、手首の傷や処方薬をもっているだけで煙たがられる世間とは違う、そのままの自分でいられる場所を作りたかったんです。
 そうしているうちに、「自立するのが難しい人」がいる現実も見えてきました。で、次に「私には家出できない」という人向けに、新たに本を書きたいと思ったのです。
 その本が『生きちゃってるし、死なないし』(晶文社、2001年刊)です。この本は本格的な自殺の本になりました。

——1冊1冊の本を作っていくたびに、必然の流れがありますね。

今:自殺の本を書こうとするときに、いろいろ考えました。
 まず、自分の中に、世間一般における自殺の語られ方に対する違和感がありました。重すぎるというか。
 「自殺をする/しない」の問題以前に、「飯を食わなきゃいけない」とか「女の子にモテたい」とか、死にたいと思う一歩手前には問題が山ほどあり、それらの欲望が全部果たされなくなると、絶望したり、死を考えたりするんじゃないかな、と思ったのです。
 人間は、夢がなくても漫然とも生きられます。
 だけど、生きづらいと思うことばかりに囲まれて「もうすべて疲れちゃったよ」みたいな人もいて、そういう人たちが自殺や自傷に向かっていく。
 僕の中には、彼らの気持ちを掬い取りたいという想いが、まず、ありました。超元気な「健康優良不良中年」の僕にとっては、おそらく自分とは対極にある気持ちだから、単純に面白かったんだと思うんです。誤解を受ける表現ですけどね……。
 いつのまにか「うわーっ!」と自分で自分の身体をナイフで傷つけてるとか。なかなかそこまでやらないよと思えるようなことを、自殺や自傷行為に及ぶ人から聞くたびに、すごく心を揺さぶられたんです。
 
——今さんのある部分が猛烈にヒットしたのでしょうね。

今:そうだと思います。死のうとしている彼らから、逆に「すごく生きたいんだろうな」っていう強烈なエネルギーを感じたんだと思う。切羽詰まった人間の底力というか。

——表面的にみると死にたがっているけれど、私たちと同じか、それ以上に生きたいと思ってる・・・・・・。

今:生きたくてもがいてる。そんな人ってすごいパワーを感じます。よくわからないけど、やっぱりどこか魅力的なんですよ。
 精神科に通って薬をもらっている人が「こないだ薬(溜め込んで)いっぱい飲んじゃってさ」って話をしてきて、僕は「そのままいくとやばいよ」みたいに冗談で返したりする。だけど、何日か経つと彼女はまた同じこと繰り返しちゃったりして、「こいつタフだな」って感心したりする。その人は完全に「向精神薬依存症」なわけですよ。「よく生きてんな」と思います。
 自分をどんどん不幸に導いてしまう依存症の世界は、理由はわからないけど、興味をひかれるんですよ。だから1冊にまとめておきたかったのです。

——自殺願望がある人を取材するにつれて、逆に彼らから生きるエネルギーをバンバン浴びているような感じなのでしょうか。

今:よく、人のつらい話を聞くと、引きずられてつらくなっちゃう人がいますよね。
 僕自身はそんなこと、全然なかったんです。自分と似たところを相手の中に探して同調するのではなく、むしろ自分とは違うところを面白がっていたからだと思います。
 僕は「解決できるものは解決するけど、解決できないような話はどうしようもないじゃん」っていさぎよくあきらめちゃうヤツなんですが、彼らの話を聞きながら、「それでも解決できる余地」を探そうとはするわけです。
 彼ら彼女らを、つらくない方向に卒業させていけばいいだけなんですけどね。
 でも、卒業していくことを阻んでいるものがあって、それはなんだろうと思っていたのです。たとえばそれは成長する過程でコントロールパワーを発揮してきた親の影であったり、その挙句に精神科に行ったら、医者が薬に依存させるような処方と診療しかしないので薬に支配されてしまったり……。
 「死ぬ/死なない」問題よりも、「自分を苦しめる要因」が実は自分を救うはずの薬だった、という問題のほうが大きいということもだんだんわかってくるわけです。
 実際、友達が医者から大量に買った薬によって1人、2人、3人と亡くなっていって、「これはやばいぞ」ということになってきました。総括しておかないといけないな、ということで『生きちゃってるし、死なないし』のアンサーソングとして、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社、2006年刊)という本を書きました。

——そうでしたね。この『死ぬ自由~』は米津が関わらせていただきました。
  確かに連歌ですね、今さんの著作は。大きな太い流れがあって全部つながっていますね。


ビジネスモデルを作らないと支援者が貧乏になる

 

——一般にルポライターの方は、「自殺」というテーマならずっと自殺を、「家出」なら家出を、というように深掘りしていく傾向が多いと思います。
 でも今さんの場合は、少しずつフィールドがシフトしていっていますよね。今は自殺から社会起業家に向かっていますが、今さんの中でどのような変化があったのでしょうか?

今:これは全然唐突な話ではないんですよ。
 僕は10年以上、死ぬだの死なないだのという人たちと会って、話を聞いてきました。深夜・早朝問わず、電話に応じたり、メールを書いたり、実際に会って相談に乗ったり。そうすると、たとえ彼らについての本を何冊も書いたとしても、ほとんどお金にならないのです。なぜなら相談に応じる時間や経費がそれ以上に飛んでいくわけですから。
 彼らが死を考えるまで追い詰められる前にはいろんな問題があります。
 雇用の問題だったり、精神科医療の問題だったり。生きていこうとする気持ちを萎えさせ、最終的には死につながってしまうようなつらさを導きかねない社会的課題があるわけです。
 でも、10年以上、彼らの苦しみに真っ向から耳を傾けていると、僕自身がものすごい貧乏になるんですよ(笑)。「これはどうしたものか」と考えたときに、社会起業家っていうのがポンと目に付いたのです。
 社会起業家というのは、まさに社会的な課題を解決するためにビジネスの手法を使っている人たちなので。

——なるほど。そのときの今さんにとっての「解」なんですね。

今:ひとつの答えです。
 たとえば、目の前に誰かが「死にたいです、でもなんとか救われたいです、救ってください」とやって来たとします。そこで当事者から金をとるのは誰もが思いつくことです。しかしその方法をとっても、与えるソリューションに見合うだけの報酬が果たして得られるのだろうかという不安や疑問があります。
 ある程度の金額をもらおうとしても、当事者がその額面の金を出せるのか?
 彼らの多くは、低所得者層のさらに底辺にいる人たちなのです。
 彼らを支援するには、自分たちの生活が守れる程度には、ちゃんとお金が回っていく仕組み、すなわちビジネスモデルを考えないと続かないんです。

——持続可能にしていかなければならないんですね。

今:そうです。でも、僕が今までやってきた書籍出版から得られるギャラでは、なかなか社会的弱者を支援することは難しい。
 僕は自分が作った本は、最終的に図書館に行けばいいと思ってきたんです。図書館って昔の本が普通に置いてありますよね。いい意味で、「本の墓場」なんですよ。
 狙うのはベストセラーではなく、「この本は大事だよね」って図書館の司書の人が思うようなもの。だから、たまに司書の人からメールもらうと、すごい感激するんですね。「今さんの本は、みんなが思うほどドカンと売れてないのはわかってますけど、うちには入荷します」と。
 図書館に置かれる理由は、長い目で見たときに普遍性があるからです。時代に左右されないだけのソリューションをちゃんと書いてあるので。
 ただ、自殺や家出といったテーマは、もともとのマーケットが狭い。1億2000万人住んでるこの日本で毎年3万人「しか」死んでないという言い方もできるわけです。
 だからこそ、僕のように社会的に意義のあることをやっている人でも、やればやるほど貧乏になるというのは商売の仕組みがおかしいんだなと気づいたわけです。社会起業を知るにつれて。

——仕事の中心が社会起業にシフトしている理由は、ご自身のビジネスモデルの再構築を模索するという意味合いがきっかけになっているのですね。

今:そうです。それともうひとつ、生き方として、みんな自分の生活を守りすぎてるような気がして。変化を怖がりすぎているというか。そういう社会のムードを払拭したいという思いもあります。
 変化って、単純に言うと、今まで「負け犬」ではなかった人が「負け犬」になるかもしれないということなんですよ。
 そもそも、自分の富をいつまでも抱え込んでいたいなんて、すごく浅ましくありませんか? 人並みやハイレベルな暮らしを求めるよりも、「負け犬」から立ち上がれなくなっている社会的弱者を誰が作り出してきたのか、果たして自分がそこに加担していないと言い切れるのか、そういうことを真剣に考えながら社会的課題のソリユーションを見つける仕事が社会起業にはあると知ってほしいんです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題が切実になればなるほど、豊かな知恵が生まれる
 

今:例えばミチコーポレーションという面白い社会起業があって、象のウンコを原料にした「象さんペーパー」という商品を作っています。
 たまたま社長がスリランカに行った時、ある村で、森から出てきた象に村人が倒されて死んでしまう。そこでは日常的に象との闘いが行われていて、「これを日本の技術でなんとか解決できないだろうか」と相談されたそうなんです。
 村では象のウンコで紙を作っている。商品化できれば利益が生まれて、象を監視する人を雇えて、つまり雇用が生まれて、象と村人との共存関係ができる。
「あんたらの日本でもうちょっと洗練された形で売ってくれないか」と。「じゃあ、やります」って、実際にやったのがミチコーポレーションなんです。
 こういうふうに当事者が「救ってくれよ」って言ってきて、そこではじめて動く社会起業のほうが、労働意欲がわくでしょうし、生産コストの安さを思えば、ビジネスとして無理がないと僕は思います。
 本来、ニーズとは、このように向こうのほうからやってくるものなんですが、昨今、不況と言われている出版業界には、そのニーズを無視している傾向があります。「どうせ無理」とか「面倒」といった感じで、最初から聞く耳を閉じているところがあって、人々の声を受け入れていない。
 でも、世の中には、たとえば「最近仕事きつくて……」とか「何で仕事が無いんだ」とか自発的に声に出している人たちがたくさんいますよね。そういう声が切実度を増せば増すほどニーズになってくるんですよ。
 そして、それだけ切実だということは、実は豊かな市場性がそこにはあるということなのです。

——まさしく切実さと豊かさって表裏一体なんですね。

今:人間は、つらければつらい時ほど、知恵を働かそうとします。つらくないと、逆にものを考えなくなります。僕は正直「サラリーマンで編集者じゃいけないんじゃないの?」と思ってるところがあって。

——「みんな、フリーになれ!」と。同感です(笑)!

今:売れても売れなくても固定給をもらえるような働き方だと、「本当にいいもの」がわからなくなります。「今の時代にだけものすごく売れたら、それが良い本」という基準になってきます。でも、それはおかしいんじゃないのかな?
 同じようなことを、ある農業法人を作ったおじさんが言っていました。
 農作物というものは、農協を経由して、卸業者も通してから、小売店の現場で値段が決められています。「それって、おかしいんじゃないの?」と。農家の人たちが手塩にかけて、時間もコストもかけて作ったものなんですよ。
 だったら、「農協とは違う流通をひとつ作ろう!」と。
 自分のエリアの農家さんたちで共同の市場を作る。そこで農家さん自身が値段をつける。そうすると、1.5倍から2.5倍に利益がはねあがる。そうすると農家(生産者)が食えるようになるのです。
 出版卸による流通は、農協と同じです。「マーケットはこういうふうに考えるだろうから」と、出版社自身が卸におもねったマーケット重視の方向性に偏ってしまいがちになります。むしろ情報商材などのネットの販売が、この農業法人のあり方に近いです。
 たとえば、2500円の本を作ってもいいんだと思います。
 そのかわり1000部なり2000部なり、確実にその本が必要な人たちのギャザリング(買う人数によって値段の変わる仕組み)を作って、新たな本を生み出していくという手法も真剣に論じられてきていい頃合いだと思います。

——今、本作りの現場は書店や取次主導だったり、方向性がある程度規定された中で作らなければいけなかったりと、マーケット主導の方向へどんどんなってきています。それとはまったく逆向きの発想ということですよね。

今:そうです。本って、本来、嗜好品なので「あってもなくても……」と思われがちです。だけど、中には「その情報さえ知っていれば生きなおすことができたのに……」と思うような本だってあります。読者に「値段じゃないな」と思わせるのは、そこなのではないでしょうか。
 ネットやゲームから知識をインプットしている新しい世代が、本というものの本来の価値、普遍的な価値を再発見できるだけの内容を僕らは提供しなくちゃいけません。そのためには今までに無いものを作っていくつもりで、それ相応の試行錯誤が必要だし、そのためだったら僕は力を惜しむつもりはないんですよ。

——切実であればあるほど豊かな知恵が生まれてくるならば、出版業界は切実さの度合いが増している分、大きなチャンスがあるかもしれません。実に面白い時代じゃないですか!
 最後はエキサイティングな話でまとめていただきました。今日は本当にありがとうございました。

profile

■今 一生(コン・イッショウ)

1965年、群馬県生まれ。早稲田大学第一文学部除籍。
1990年からフリーライター&エディター。広告ディレクション、テレビ番組制作、CM音楽制作なども手掛ける。
1997年、親から虐待されて育った人たちから公募した手紙集『日本一醜い親への手紙』3部作(メディアワークス)をCreate Media名義で企画・編集。角川文庫版も含め30万部のベストセラーにする。
1999年、被虐待児童とDV妻が経済的かつ合法的に自立するための支援本『完全家出マニュアル』(同)を発表。そこで造語した「プチ家出」は流行語になった。
大人の知らない若者たちの最前線の事情(家出・自殺・労働意欲・雇用など)について講演活動を行う一方、自殺の誘因となるさまざまな社会的課題に対してビジネスの手法を用いて解決していく「社会起業家」の働き方を取材。
2007年春から1年間、東京大学で自主ゼミの講師も務める。
2008年7月、学生と社会人の混成チーム「社会起業家支援員会」を結成し、『社会起業支援サミット』を早稲田大学・大隈講堂で行い、全国から社会起業家10団体と市民300人を動員し、社会起業家の認知向上を支援。
2009年は全国で『社会起業支援サミット』を開催するため、各地の人材を発掘し、運営委員会の発足を促す。
他の著書に、『親より稼ぐネオニート/「脱・雇用」時代の若者たち』(扶桑社新書)、『プライドワーク』(春秋社)、『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)など多数。

《公式webサイト》
www.createmedia.co.jp
 

『私が最初の本を出した頃』 vol.6 鎌田實さんはこちら
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