本づくりは、
センスと論理の行ったり来たり
林 知輝さん
(株式会社PHP研究所
新書出版部 副編集長)
Tomoki
Hayashi
今回の『私が手がけた本』では、PHP新書の編集を手がける林知輝さんにお話を伺いました。
出版業界のなかでもコンスタントにヒット作が出ている新書。その制作秘話と魅力についてたっぷりと語っていただきました。


たまたま出版社に就職
大学を卒業したら海外で勉強を続ける予定でしたが、あれよあれよと出版社に就職しました。たまたまです。自分が一番やりたかった勉強に近かったので、消去法で出版社に。当時も出版社志望の学生がたくさんいたので申し訳ないという気持ちもありましたね。面接で媚びたのが勝因だと思います(笑)
入社して1年間は単行本を作っていて、それから新書に異動となりました。新書を作り続けて10年以上です。長いです。ベテランですね。
出版業界やこの会社のなかで新書が一番面白いと思っているのは確かです。別に他の部署が嫌というわけではないですが。
功罪両方ある新書ブーム
新書の魅力は「なんでもあり」だと思います。1冊ワンテーマをその道のスペシャリストに書いてもらう。テーマは何でもあり。哲学、歴史、サイエンス。そのテーマに対してどんなコンセプトを立てられるかという勝負になってくる。著者のメッセージなのか、方法論なのか、主義主張なのか。意外性なのか、皆がうすうす感じていることなのか、本質的な疑問なのか、入門書なのか。
裏を返せば、著者が有名ならいいというわけにはいかない。著者が何を成し遂げたのか、今何を成しているのかが重要になってくる。ある分野に特化して、この人にこのテーマを学んでみたい、この人の意見を聞きたいと思えるような著者が必要です。
新書ってそれまでは勉強好きが読むような、堅くて地味なものだったんです。岩波新書を代表として、アカデミックの権化のような、志向性の高い、教養新書です。その流れが変わったのが、2003年に大ヒットした養老孟司さんの『バカの壁』(新潮新書)です。ヒットした要因として、新潮新書創刊で特に力を入れていたこともありますが、前書きでこの本が「語り起こし」であることをバラし、だからこそ読みやすくなっているという方向性を打ち出した。衝撃でしたね。
これに続けと各社が新書に参入し始めました。樋口裕一さんの『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP新書)がバカ売れしたのがこの時期です。このあたりから市場は単行本から新書へとシフトしていく。「僕は単行本しか出さない」と言っていた著者が、新書が売れると「僕は新書しか出さない」と豹変する始末(笑)。それぐらいインパクトが強かった。このブームで今までは新書で扱われることのなかった著者がどんどん出てきた。政治家、タレント、アスリート。安倍晋三さんでさえ新書で出版する時代です。単行本より新書の方が売れるという版元の判断なんでしょうね。
しかし、新書が売れることはいいことばかりではない。新書は単価が安いとはいえ、地味なジャンルで、マーケットはじつは狭い。売れるようになったとはいえ、そのあたりに変化はない。岩波新書の影響があるのかもしれません。要するに、新書は爆発的なヒットがないと採算がとれないんですよ。デフレ経済がもたらした消費傾向の典型ですね。
だから、各版元が単価の安い新書にシフトしてしまうと、たくさん売らない限り自分たちの首を絞めることになる。ノンフィクションは新書、フィクションは文庫という形が2000年代半ばから定着しましたが、出版業界全体が新書や文庫に傾くことは最善なのか、という大きな問いは残ったままです。