編集者は、
本をめぐる世界の舞台演出家
三津田治夫さん
(SBクリエイティブ株式会社
数理書籍編集部 編集)
Haruo
Mitsuda
今回の『私が手がけた本』はコンピュータ書籍を手がける、SBクリエイティブの三津田治夫さんです。
2012年度CPU大賞で書籍部門大賞を受賞するまでの苦労話も含め、ネットワーク社会における本の役割を語っていただきました。
2012年度CPU大賞書籍部門
大賞受賞
私が編集を手がけた『本格ビジネスサイトを作りながら学ぶ WordPressの教科書』(プライム・ストラテジー株式会社 著)が2012年度CPU大賞書籍部門の大賞を受賞しました。CPU大賞というのは、平たく言えば「本屋大賞」のIT書籍版です。全国のコンピュータ書籍を担当される書店員さんが投票によってその年の優秀書籍を選びます。表彰という形で客観的に評価されたのはとても嬉しいことです。
この世界に入ったきっかけは、とにかく編集者になりたくて、パソコンブームまっただ中の時期、ソフトバンク(その後ソフトバンククリエイティブ、現SBクリエイティブ)に入社しました。月刊誌からメールマガジン、Webマガジンの編集など、いろいろとやりました。そこでキャリアを積み、ゆくゆくは社会学とか哲学の本をやりたいと考えていましたが、知らぬ間に社会がコンピュータだらけになって、コンピュータを扱う出版物も増えてきました。そうした時代の変化に、なにかが起こるのではないかという手応えを感じて、以来、プログラミングやシステム構築関連の書籍を中心に、本をつくっています。
編集者をはじめたころ、コンピュータは一部のエンジニアやオタクのおもちゃだったのに、いまでは生活必需品。時代の流れは恐ろしく速いですね。
本を持って、町へ出よう
『WordPressの教科書』が評価された理由は、この本がコミュニケーションのツールに徹しているからだと思います。つまり、この本を中心に社会的なネットワークができあがっているんです。たとえば、この本をたたき台にして全国の読者さんが勉強会やセミナーを開いています。著者であるプライム・ストラテジー株式会社代表の中村けん牛さんが、口コミ、Twitter、Facebookを利用して、本を中心としたコミュニティが形成されるように仕向けたんです。中村さん自身もコミュニティに積極的に参加しています。「出版した書籍を10倍売るためのプロモーション戦略」というセミナーもUstreamで配信しました。そのようなイベントでは、読者から質問があればきちんと答えていらっしゃる。普通、会社の代表がこんなことしていたら会社が回らないと思いますが、それを全部やってしまう。これがスゴい。中村さんは、はじめからこの本を会社のコミュニケーションツールにしようと考えていたんです。
昔、寺山修司さんが「書を捨てよ、町へ出よう」といいましたが、現代は「本を持って、町へ出よう」だと思います。本を持ってみんなで集まって、ディスカッションする。そこには読者だけでなく、著者、編集者も参加する。僕自身もセミナーや勉強会があればできるだけ参加するようにしています。読者から批判的な意見を直接言われそうで怖い部分もありますが(笑)。「誤字脱字が多いじゃねえか」「つまらない」なんてね。でも、制作者側も真剣に本づくりをしているということを直接読者に伝えることができる。とても生産的な議論ができます。
もちろん好意的な反応もあって、売り上げ的にはあまり思わしくなくても熱狂的に支持してくれる人がいたりするんです。「この本はすごい名著だと思うから、ぜひみんなに読んでもらいたい」とおしゃってくれる。そういう読者との出会いがすごく嬉しい。
本をめぐる
ネットワークを活かそう
現代社会では、SNSによって人間関係がフラットになってしまった。つまり、FacebookやTwitterなどが人間関係の構造を「均一」に変えてしまったと僕はとらえています。たとえば、ある本を読んで著者に興味を持ったらネット上で直接著者にメッセージを送ることができ、リアルタイムで著者から返信が来ることもある。著者が読者のつぶやきをリツイートしたり、読者が著者に友だち申請することは日常茶飯事。ネット上では、身分、肩書き、社会的地位に意味はなく、上下関係のないフラットな世界が広がっています。しかも、海を越えた世界中の人々ともつながっている。
こういった社会構造の中にどのように本を位置づけていくか、ということがこの先とても重要になってきます。現在本が置かれている枠組みをマーケティング的な視点で考える必要があると思います。ネットコミュニティ、読者、書店、著者、編集者がSNSなどを通じて緊密に組み合わさってそのネットワークを活性化していくかどうかで、本の価値が変わってくるからです。
一方で、SNSとまったく連動していない本もあるし、書店などで出版記念のイベントをしない本も多い。でも制作者、読者、書店がバラバラで、相互連携が少ないと、本の価値が読者にうまく伝わらないと思います。
編集者は舞台演出家
編集者は、ネットコミュニティ、読者、書店、著者というネットワーク全体を見る。そのネットワークを俯瞰して、人と人とを繋げるような本を作らなければならない。要は、いい意味で人の手垢がどれだけついているかです。しかし、現実問題として、著者がSNSなんかやりたくないという場合もあるし、書店もイベントにまで手が回らないということも多い。そこで、編集者が個々の立場の方々に働きかけ、全体の方向性をディレクションしながら本をプロデュースしていく必要があるんです。
たとえるなら、編集者は舞台演出家です。舞台演出家は俳優、舞台セット、照明、音響などさまざまな役割に的確に指示を出して、全体の調和をはかりながら作品に仕上げていく。本の制作も同じです。舞台演出家、編集者ともに売上に対する責任もありますし(笑)。売上が良くなければ、次の企画にも響く。ただ本だけつくっていればいいという時代は終わりましたね。
僕の編集者としての
ゴール
『WordPressの教科書』の読者は、フリーのプログラマーやWebデザイナーなどエンジニアたちです。彼らには華々しい肩書きがあるわけでもないし、MBAなどの資格を沢山持っているわけでもない。社会的地位が特別高いというわけでもない。しかし、電通やパナソニックのような大企業や大手機関にシステムを納入している人は多くいます。つまり、専門的なスキルで社会にインパクトを与えることができる人たちなんです。僕は彼らをリスペクトしていますし、彼らのように舞台裏で社会に貢献している人々の活動を、本を通して世に広めることも編集者の仕事だと考えています。
彼らが社会的な評価を受ければ、結果的に新たな基準を世の中に提示することができます。年収が多いとか、肩書きがあるとか、地位名声があるとかではなく、それ以外にも価値基準があるということです。たとえば、無名のプログラマーだけど多くの人の暮らしに役立つシステムを構築しているとか。彼らを知れば、「こういう生き方もあるのか」「僕もあの人についていこう」と、多くの人々の生き方を変えることもできると思います。
最終的に、僕はSBクリエイティブが「すごい出版社だ」と国内外からいわれるようにしたい。SBクリエイティブの本を読んだ日本のエンジニアが、画期的な技術を開発して、海外から「日本のエンジニアはスゴいな」「どんな本を読んでいるんだ?」といわれるようになれば最高ですね。